2018年 12月 29日 ( 1 )

生業

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FUJIFILM XF10


今日は毎年恒例の、うちのアシスタントさんを集めての忘年会のためのカレーを仕込中。河童橋で買ってきた、巨大な寸胴で鶏肉2キロと大量のタマネギで、ひたすら煮込む。年に何回かカレーパーティをしていて、おかげさまでお客様の評判も上々。昨年はエイプリルフールで「カレー屋さん シロクマ軒を開きます」と言い、多くの方にご迷惑をおかけした 笑


料理作りは、気分転換にもなるし撮影の段取りとも似ているので没頭できるので、とても楽しい趣味。カレーなどの評判が良かったおかげで、エイプリルフールの嘘をつかせていただいたわけだけど、あくまで趣味というか道楽。いくら上手に作れても所詮は素人のパパさんクッキング。間違っても、料理の道に進もうなんて、思ったこともない。プロの料理人さんになるためにはたぶん、料理が上手なだけではだめだと思う。お店の仕切りや素材の目利きもできないと無理だと思う。

だから間違っても素人が、xxxさんのお料理上手ですねと言われても、プロの料理人になろうと思ってはいけないし、料理がいくら上手でも、「シエフ」とか「料理人」とか書いた名刺を作る人はいないと思う

よくテレビでカラオケ大会に出てくる素人さんは、歌はうまいけど歌手とは呼べないそれと同じですし、更に自分自身に例えるならば、オーストラリアや海外の仕事で英語を使う。でも超ウルトラブロークンイングリッシュです。でも通じて仕事は出来る。でもその英語で通じるからと言って、英語教師や通訳と肩書に入れたらおしまい。そんなようなものである




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でもその大きな間違いが多いのが、僕のいる世界である写真。イベントや写真展で多くの方と名刺を交換させていただく。当然何人かの方から「photographer]あるいは「プロカメラマン」「写真家」という肩書の名刺を頂戴する。初対面の方や、面識のない方でその場合に「どんなお仕事されているのですか?」とお聞きすると、実は本業はサラリーマンです。とか今リタイヤして無職です。とかおっしゃる方が意外と多い。

別に写真家であろうとカメラマンであろうと、国家資格や免許制度ではないので、誰がどのように、なのろうと、名刺にどのように書こうと、それは本人の自由なのでダメと言う規制もなければ、権限もだれにもない。でもとてもむなしくなる。僕の周囲でプロとして写真を生業として生活している方は、どんなジャンルであろうととても努力をして、壮絶な生き残りゲームをぐくりぬけてプロになり仕事を得ている。そして主な収入源を写真から頂いている


1995年に制作プロダクションから僕は独立して、フリーランスのフォトグラファーになったけど、その当時に周囲にいた多くのフォトグラファーが、現在は自分の周りから消えている。バブル崩壊の後遺症、リーマンショック デジタル化とメディアの変化の波。それをうまく越えられなかった人たちは消え行ったり、消えざるを得なくなったり、自ら命を立ち消えていった仲間もいる。1995年当時にいた周囲のフォトグラファーで、今現在も生き残り仕事をしている人は1~2人ぐらい。それだけ厳しいし、運不運も左右する。そして自分も、まかり間違えば消えていく方のフォトグラファーの数に入る可能性がいつでも付きまとう。だから一生懸命に作品を撮り、自分の仕事を、明日は今日よりももっと好きになろうと思っている。

 昨今SNSの波で、写真を撮る人が増えて、趣味写真の底辺も拡大してとても良いことだと思った。でも数の拡大は問題もはらむ。なにかSNSでの反響が良ければプロになれると思う方が増えてきた。確かに写真が上手であればプロになれるかといえば否だ。写真を見せるというある意味目で楽しませるサービス業。上手いだけではなく、商売としての戦略そして撮影のための基礎力が求められる。だからプロと名のれるようになるまでは料理人さんや、ほかのプロと呼ばれる職業と同じく大変でリスクを伴う。昔、カメラマンになるための本というのを読んだことがある。でもその本の冒頭には「この本を読むとあなたの人生の貴重な時間と財産を損なう恐れがあります」と書いてあった。まさにその通りの商売。1988~1995まで制作プロダクションでフォトグラファーのための見習い下積み期間。当初の名刺には、肩書は営業&企画担当。ようはなんでも屋さん。まだしっかりと現場をしきっての撮影なんて出来ないので、フォトグラファーなんて名刺には書けないし、書いたらまわりから笑いものにされてしまう。初めて名刺にフォトグラファーと入れてもいいよと、周囲から言われたのは1992年にある電機メーカーの撮影を丸受けして、はじめてオーストラリアロケに行った時。それから1999年まではフォトグラファーと名刺に入れていたが、代表作も少なかったので、とても恥ずかしく肩身の狭い思いだった。代表作が撮り溜まり、個展も増えていったある時、肩書ではなくあなた個人の名前と作品で勝負するのがこれからの時代、肩書を外した方が良いと思いますよ、とある方からアドバイスを言われて、何も書いていない名詞にしたのが1999年。

確かに名刺に、フォトグラファーとか書いてあるとかっこいいと思う人もいるかもしれない。でもきちんとその道で主たる収入を得る、あるいはきちんとした基礎があり作品を作りあげていなくて、肩書を書くと裸の王様になっていると僕は思う。ただ繰り返すが、よくリタイヤしたのでフォトグラファー、あるいはSNSで少しイイネが増えたからフォトグラファーというのを聞くと、自分たちの商売はそんなに簡単なものになり下がったんだと、悲しくむなしくなってしまう。


今日の記事は、年末に一人のフリーランスの人間が愚痴をこぼしていたと読み流していただければ幸いです

追伸です
やはり主たる収入源をその肩書でやっていない方には、その職業を名のってほしくないです


やはりその商売、職業で生きていくと決めたときは、背水の陣を引く気持ちなので安易に名のってほしくないです


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by masabike | 2018-12-29 00:43 | 写真アート | Comments(6)