ロングステイ オーストラリア


今日は今月発刊されたロングステイ財団の機関紙に寄稿させていただいた原稿より抜粋させていただきました。この機関紙はリタイヤ後の人たちに海外でのロングステイを進める財団の機関紙です。

「マサは明日から日本に出張なんだって」「ホンとかい!じゃお土産にうちのワイン持ってきなよ」馴染みのレストランに僕のホームスティ先のご主人バーリーさんと夕飯を食べに行ったときの一シーンだ。オーストラリア・タスマニア州で写真展をしているのでもう3ヵ月近く滞在している。その前にも撮影で4年ぐら通いつめている。1回の滞在は1~3ヵ月ぐらい。撮影なので7割から8割は山の中にいるがカメラのメンテナンスや補給、休息で町に降りて来る。そんなときにはホームステイ先のバリーさんや他の家族とパブやレストランに行く。だいぶ地元では顔が売れてきた。街を歩いているときや、オープンテラスのカフェでコーヒーを飲んでいたりすると「マサ!写真展見たよ」とか「うちの娘今度日本に行くんだけどうまくて安い寿司屋教えてよ」なんて世間話をよくする。

撮影は撮影現場に立ったときには9割は終わっている。撮影で一番大事なのはカメラテクニックではなくメンタリティーとロジスティック(後方支援)だ。そのためには地元の人と仲良くなり精神的にもリラックスでき、日常の生活雑多が問題なく過ごせる。その中には食料や生活道具の買出しもある。丁度、海外撮影は海外上陸作戦を伴う戦争みたいなものだだから地元の人の協力なくしては不可能だ1~2週間の滞在だったら「僕は旅行者なんだから」すむが。長期でしかもリピーターになるとそういうわけにはいかない。あくまで地域の一員、そこの国の人のつもりで振舞わなければならないと思う。最近ではオーストラリアに戻り入国審査のとき「Welcome to home」といわれる時がある。すごく嬉しい。


でも19年前サラリーマンをやめて全てリセットしカメラマンとしての第2の人生にチャレンジする為にオーストラリアに来たときはこんなつもりではなかった。そのときはパリダカールラリーを撮影したくてその為砂漠と大陸のスケールを体験するためにオーストラリアに来たのであって、単に人生の1ステップで、しかもオーストラリアはその第1歩でしかなかった、しかも自分は旅行者なんだからという気持ちが大きかった。その当時辞めてきた広告代理店はバブル状態。しかも営業マンだったので年がら年中接待で銀座のクラブなんかに行っていた。それがオーストラリア社会に放り込まれたら日本での肩書きやキャリアなんかこれっぽっちも役立たなかった。しかも英語がまるっきり出来ない。毎日日本に帰ろうと思っていた。そして砂漠にバイクで行き毎日毎日キャンプが続く。一番大事なのは水とガソリンと暖かいネグラ。広告代理店の営業マンでは考えら得れなかったシンプルな生活。さらに砂漠のなかの地球の果てのような場所で多くの人。に会った。自分の気持ちを伝えるために死に物狂いで単語を並べて話した。なによりも毎日感動したのは大自然のと言うより地球のありのままの姿を見せ付けられたオーストラリアの大自然。

3ヵ月後シドニーに戻った。オペラハウスの前でリムジンから降りてくるアジア系の子供のカップルを見た。「なんで子供がリムジンから降りてくるのかな?」と疑問に思った。答えは子供ではなく日本人のハネムナーだった。とても幼く見えてしまっていた。その時「自分も3ヵ月前はあんなだったのだろう」と思った。この3ヶ月の時間が自分を旅行者からこの大陸に所属する者の第1歩に変えてくれたのだと感じた。そしてオーストラリア大陸は僕を虜にした。パリダカールラリーはどこか遠いところに行ってしまった。


日本に帰るとバブル狂乱の真っ只中だった。東京に帰ってきたとき僕は旅人になっていた。バブルを第3者の目で見れた。もしあの時オーストラリアの大地を放浪していなかったらきっとバブルにはまっていたかもしれない。3ヶ月という時間は自分の心も肉体もタフでかつ新しい世界に導いてくれた。日常も日本も忘れさせてくれた。時には日本人であることさえ忘れさせてくれた。でも一歩間違えれば砂漠に永遠にロングステイの旅だった。でも旅をして良かったと思う。旅は大人を子供に、子供を大人に変えてくれる。そして今日も東京でクライアントから居酒屋で聞かれた「今回は日本にどれくらい滞在ですか?」わが棲家は地球になった。
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カット写真は2001年6月カリジニゴージでのブッシュキャンプの様子です。まさに地球がわが棲家。家は庭付き一戸建て、ペットもいますと言う感じ。

地球を棲家が良いナーとお感じになったらクリックお願いいたします

by masabike | 2007-04-13 16:14 | アウトバック | Comments(6)
Commented by mugnum-yoda at 2007-04-13 16:47
嬉しい話ですね!

最近、僕の写真は場所がズルいよ!と言うメールが多く。
ニセコでは半径3キロくらいの世界を定点観測的に描写しているのに
とブツブツと考えていたら、ひょんな事から
中学生時代に撮影地としていた小樽を写す機会があり

子供の頃は一日中歩いて撮影していた初心を思い出し
駅から普通の路線バスと歩きの撮影を試してみています。

やはり車があると無いとでは表現方法は変わってしまうのですが
楽しさがそこにはありました。

残念なのは漁師がバケツに溢れんばかりの鰊を持って行けと言うのを
断らなくてはならなかった事でしょうか?

市場で見ると一匹700円、悔しかったです。
Commented by masabike at 2007-04-13 23:09
ぼくもタスマニアでただ同然で食べていた生ガキが東京で1個800円でびっくりいたしました。もっと食べておけば良かったと・・・。でも電車とバスと歩きで撮影に行くと普段と違った世界になることがありますよね
Commented by cyobi30 at 2007-04-13 23:48
オーストラリアの、その土地とそこに住む住人、自然と裸で接して純粋な気持ちで撮り続けたからこそ 今のようなグローバルな感覚が持てるのですね
小さな枠に囚われない そんな生活は羨ましいと思いながらも いざ自分が
出来るかといったら勇気が出ない 小さい私です。
英語が話せないのに、単身オーストラリアへ乗り込むってだけでも今の私には
スゴイと思わせます。
「Welcome to home」 嬉しいですよね
Commented by masabike at 2007-04-14 08:28
cyobi30さんへ
英語かなり苦労しました。今でもそうです。毎日パブやバイク屋さんに辞書を持って行き実地トレーニングでした。ちなみに「タスマニアで生きる人たち」のマナブさんは英語ペラペーラです
Commented at 2007-04-14 21:24 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by somashiona at 2007-04-15 14:56
ア〜イハラサ〜ン、ワタ〜シハ、マナ〜ブデェ〜ス。
ワタ〜シハ、エイゴガ、ニガ〜テ、デェ〜ス。
ゴカイシナァ〜イデ、クダサァ〜イ。
(日本語を覚えたての外国の方が日本語を話す感じでお読みください)
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