長く愛して ずっと愛して 


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Nikon F2+Nikkor 24mmF2.8+FUJIFILM RDP
ウルル ノーザンテリトリー


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昨日は31年前に写真展にお越しいただき、写真展にあわせて発売した写真集をご購入いただいたお客様からお元気ですかのメールとともに、当時 お買い上げいただきサインをさせていただいた写真集の写真が送られてきました(お客様のお名前が入っていたので画像処理で消させていただきました)
31年前の6月、フリーランスになって初仕事が横浜松坂屋さんでのオーストラリア写真展でした。(写真展の開催1週間前に独立したばかり)

当時ぼくはまったく無名でクライアントさんも、スポンサーさんも、メーカーサポートも無い状態状態でした。 ただ95年1月に開催した渋谷 カメラのドイでの写真展がご縁となり、この時 初めてオーストラリア大使館 協賛というタイトルがついた。そしてデパートでの開催ということでもあり、多くのお客様にお越しいただいた。なのでフリーランス初仕事の個展にお越しいただいたお客様は皆様神様でした。無名の写真家にとり、作品とお客様は宝物です今でもそれは変わりません。メールをいただいた横浜のN様はその後、なんどか写真展にお越しいただいたり、クラファンをご支援していただきました。ご連絡は本当にうれしく、涙が出そうなくらいうれしいです。

初個展は1993年 渋谷のカメラのドイ。たしか1週間で500人ぐらいお越しいただいた。2回目も1995年ドイフォトプラザで個展をやらせていただいた。当時富士フイルムフォトサロンや、ニコンサロンで個展をするのは夢のまた夢の世界。なので、最初の2回のドイフォトプラザでの個展、松坂屋デパートでの個展にお越しいただいたお客様の御恩は生涯忘れません。

でも気がついたらあっという間に31年。その間にとても多くの写真家たちが現れては消えて行った。バブルのころからブイブイ言って威勢の良い、売れっ子の写真家たちもバブル崩壊、デジタル化、リーマンショック、そしてコロナでかなり消えて行った。1988年 広告代理店を辞めて写真家を目指したとき、周りには学生時代からの写真つながりの友人の写真家、広告代理店時代にお世話になった写真家の皆様も含めて、多くの写真家がいて大船団の中に自分がいて、周りにたくさん護衛艦や護衛戦闘機がいるような状態だった。だが31年たったら、船団の船はほとんど消えていなくなり、護衛艦も護衛戦闘機もいなくなり、単独航海状態。

そんな31年だったが、おかげさまで今でも写真家を継続できているし、写真展や写真集の活動もできる。すべてはお客様とクライアント、スポンサーの皆様のおかげだと感謝しています。そして少しだけ運が良かったかなとも。昔 深夜放送でタレントの「あのねのね」のオールナイトニッポンを良く聞いていた。その時彼らがよく口にしていたのは「いつまでもあると思うな仕事とお金」 フリーランスになるとそれを身にしみて感じます。いまSNSでブイブイ言って人気のあるフォトグラファーの皆様 10年後 20年後 生き残れるように精進してください。消えるときはあっという間。ブラックホールに落ちるように消えていきます


そしてN様  昨日はご連絡のメールありがとうございました。とてもとてもうれしかったです。これからも、楽しい作品 元気な作品をお届けします、どうぞよろしくお願いいたします。
写真家 相原正明


追申
 今日のブログのタイトルは昔 サントリーのCMで大原麗子さんが言ったキャッチコピーです

相原正明撮りおろしのkoji note From OITA 相原正明 フォトエッセイ  ぜひお楽しみください




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by masabike | 2026-04-23 08:55 | 写真アート | Comments(0)
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