写真は思い出の記録だと思ったのですが…又兵衛桜にて


写真は思い出の記録だと思ったのですが…又兵衛桜にて_f0050534_10231415.jpg
LUMIX S1RⅡ+LUMIX70-200mm
奈良県 又兵衛桜

国際観光映像祭も終わり、帰り道 もう1度 又兵衛さんにごあいさつに立ち寄らさせていただいた。3月16日にうかがってから5日後、少し蕾も膨らんできた。
まだ花は咲いていないけど、華を咲くためのエネルギーが気に満ち満ちていることがよくわかる


ちょうど、撮影を終えるころ3世代の家族づれ6~7人のグループが又兵衛さんをバックに記念写真を撮っていた。撮り終わったときに、20代前半の女性が母親と思える方に「桜が綺麗に撮れたよ」とスマホの写真を見せていた。蕾の状態でも、淡い色を拾いきれいに撮れるスマホは最近進化したなと思ったらなんと!

母 「XXちゃん 花が満開になっている。こんな写真をどこで撮ったの?」
女子 「桜が寂しいので、スマホのAIに桜を満開にしてと、頼んだらAIが花を咲かせてくれたよ 綺麗でしょ」
母「すごねー 綺麗だね」
女子「今日はきれいな写真が撮れたから来てよかった」

という会話

後ろで聞いていて、なんかおかしいのではと思いました。写真の一番大切な機能&使命は記録性。特に家族での旅の一コマであればなおさら。本来であれば、まだ蕾の又兵衛さんの写真が記録にの凝り、何年か後に家族で、その写真を見て訪れた日を振り返り「あの日、桜を見に行ったけどまだ咲いていなかったよね、でもおいしいもの食べて、おじいちゃんも喜んで楽しかったよね」となるはずだと思うのですが、それが加工というよりも創作になってしまうと「XX年前のあの日桜を見に行ったけど、まだ寒かったっから桜咲いていないと思ったけれど、写真を見ると満開だよね。でも咲いていた記憶はないのだけどおかしいな?」になってしまう


思い出をしっかり記憶できるから、写真は記録という分野では絵画を駆逐してしまった。だがこれほど加工というよりも創作の粋まで行ってしまうと、記録はフィルムに逆戻りするのではと思う。特にアーカイブや裁判の記録ではデジタル写真はNGになるかもしれない

もしくはAIを使うと強制的に写真にAI使用のすかしがはいるようになるかも

楽しいことも、がっかりしたことも、成功したことも、失敗したこともすべてが経験として残るから写真は楽しいし大切だと思う

AIの進化で写真の概念が崩れていくのが心配。そしてしっかりとした写真家が生まれなくなることが一番怖い
僕は写真にはAIは使わないだろう。そしてAIの登場でフィルム写真がもう一度見直される時代が来るかも?



相原正明撮りおろしのkoji note From OITA 相原正明 フォトエッセイ  ぜひお楽しみください


富士フイルムさんのX シリーズフェイスブクで 和の写心(毎週水曜日更新)を連載中。「イイネ」押してくださいね





ブログランキング応援クリックお願いします。応援たくさんしていただけるとたくさん写真がアップされます 笑
下のランキングバナーをクリックしてください。




by masabike | 2026-03-23 10:48 | 写真アート | Comments(0)
<< 身近な宇宙 マイガーデン FUJIFILM X Seri... >>