鎮魂そして記録
写真は2009年5月 岩手県宮古市田老春のツーリングで訪れた三陸。朝、民宿のまわりのスーパー堤防の上を散歩した。
地図で三陸の海が見える海沿いの民宿を予約した
部屋から春の海を観ながらのんびりしたかったからだ。だが民主の部屋に通されて、窓を開けると眼のまえには家よりも大きい巨大なコンクリートの壁があり、海が見えなかった。民宿のおばさんに「この壁はなんですか?」と尋ねると「スーパー堤防。またチリ沖地震みたいな津波が来るといやだから作ったんですよ」と説明を受けた。
家よりも巨大なスーパー堤防。当時は、こんな巨大な堤防は設備過剰 税金の無駄遣い❓と思ったが、311の津波で跡形もなくなった
堤防の上を散歩していると、堤防の上をスクーターや自転車が走っている。それぐらい巨大だった。ただ当時から大きな疑問も。スーパー堤防から外側、つまり海側にも大きな工場や建物、民家があった。この人たちは津波が来たら助からないのかな?とも。でも巨大津波が来るのというのは数百年に一度ぐらいだから、あまり深く考えても仕方がないかとも思った。しかもこの堤防より巨大な津波なんて起こるわけがないと思っていた
311の時、テレビでスーパー堤防がなくなっているのを見た。自然の力のすごさと人間の無力感を感じた。散歩しているときに、朝早くから防潮堤のところで、堤防の門を開閉する消防団の人たちの訓練をしていた皆さんご無事だったのだろうか。いまも311が来ると思いだされる
この時に泊めていただいた民宿は、三陸の海産物にあふれていた。でも地震でと津波でどうだったか心配してSNSにUPすると(2011年3月) 民宿は津波で流されたけど、民宿の人たちはご無事でしたと連絡が来て少し安心した
そして写真の宿命と残酷さも感じる写真たち。何気なく撮った散歩の写真が、街の記録となったのだろう。大学時代フォトジャーナリズムを習ったときに、「写真が絶対逃れられない宿命が記録性。どんアファッションも 風景も 全ては時間の経過とともに記録媒体になる」今回はそれを痛感する写真になった何気ない日常もしっかり写真に残すことを皆さんにお勧めする
そしてまたいつか宮古に泊まりに行こう
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