箱根より 満月と富士山
FUJIFILM GFX100S+FUJINON GF45-100mm
学生時代は風景写真というジャンルにはあまり興味が無かった
動いている一瞬を切り取るのが写真と考えていたので、ドキュメンタリー スポーツ あるいはポートレートこそが写真と思っていた
それから広告写真を学ぶようになりそれに、広告というジャンルが入ってきた
オーストラリアに行ってからはじめて風景写真というかランドスケープというものに没頭するようになった。でも当初は純然たる風景というよりも、風景の中にいる人、絵画で例えるならばミレーの晩鐘のような作品を撮りたかった。その気持ちは今でも変わらない
写真に関していろいろな考えがあるとおもう。こんなことを書くと風景写真専門の写真家さんや、風景写真のスクールをやられている方から、お叱りを受けるかもしれないが、風景写真に関してはテクニックというものは広告の物撮りやモデル撮影 あるいはスポーツ撮影に比べて、とても低いと考える。別に幼稚であるとか、バカにする訳ではない。風景あるいはランドスケープは、テクニックという表面的なものではなく、いかに大地の神様とシンクロできるかという精神世界的なものが大切であると考える。夕焼けの色も、新雪のトーンも、霧も自分で作ることは出来ない。すべて大地の神様からの恵みで撮らせていただいている。(夜鉄のヒントになった夜の蒸気機関車の走る情景を撮影したウィンストンリンク氏も夜を選んだ理由は「夜であれば自分で照明により光と影を作りだすことが出来て、自分の世界観が作れるから」と述べている。)つまり風景写真はほとんど自分で色と光を作り出すことが出来ない。だからテクニックは写真の基礎がしっかりあれば充分であると考える。それよりも大事なことは、見た風景の中に自分の世界観を見つけられる視点と哲学。そして大地の神様とシンクロして恵みを板だkるか、いただけないかが最重要と考える
だからよい瞬間が撮れたとき、いつんも撮影現場の東西南北に向かい「撮らしていただきありがとうございました」と大地の宇宙の神様にお礼を述べてお祈りする。そして余裕があるときは撮る前に、その土地の神様にごあいさつをする。四国の撮影でも大三島の大山祇神社、香川の大水上神社に撮影の時に、ごあいさつさせていただきました。大分の撮影の時は宇佐八幡宮にごあいさつをしてから撮影を始めました
迷信や気の持ちようかもしれませんが、土地の神様との対話はとても風景写真を撮るとき大切です。タスマニアの森ではいつも森の大きな木に、ごあいさつをします。テクニックよりも大切なことが風景写真の撮影にはたくさんあります。撮影の前か後 ぜひ大地の神様にごあいさつしてください
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