春が生まれてきた FUJIFILM X Series facebookより

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【和の「写心」By Masaaki Aihara】
「春が生まれてきた」
FUJIFILM X-T4 + Carl Zeiss Touit50M
今から14年前、小さな宝石のようなカメラが生まれてきた。カメラ業界は今よりも過激なスペック競争の真っただ中。生まれたての小さな宝石のようなカメラは、そんな競争とは別の世界から生まれてきた。楽しく気持ちの良い写真を、いつでも手軽に撮れて、でも本気になったら仕事でも使えるクォリティー。そして手のひらに輝いて収まるカメラだった。そのカメラの名前はFUJIFILM X100。多くのカメラメーカーが驚いた。小さいけど撮って出しの絵が撮れる。画像処理を氷河期の遺物に感じさせるほどだった。



Xシリーズが我が家にやってきてから、日常の光と時の流れの中で、まるで呼吸するかのように自然な流れで作品が撮れる。その日常性に驚き感動した。それまでのカメラは「写真を撮るぞ」という気持ちが必要だった。でも呼吸するように、仕事でも使える写真が撮れる。これは写真家にとって麻薬みたいなものだ。毎日いつでも撮影時間。いつでも写真が撮りたくなる。そのおかげで見過ごしていた日常の光景をしっかり作品に残せるようになった。



その頃、自分の庭先でもXだったら作品が撮れますよということで始まったのがこの「和の写心」シリーズの連載。構えず、自然体で心のままに写真ではなく写心を撮ろうということで始まった。時にはダイナミックなオーストラリアの風景や、幻想的な夜の鉄道も紹介した。でも基本はXを持っていたからこそ、気がついた日常の流れから作品を生み出すことで連載をしてきた。



写真を撮る際に僕が一番嫌うことは、流れやリズムが阻害されること。光と時間の流れがそこで止まると写心から写真になってしまう。感じるのではなく考えてしまったものになる。Xシリーズは感じるままに撮ることができるからこそ、気持ちがプリントアウトできる。だからこそ写真ではなく写心。ブルース・リーの”Don’t think, feel!!”「考えるな感じろ」を実践してくれたカメラ、それがXだ。



CP+が終わり、家に帰ると深夜。朝寝坊して雨戸をあけたとき、部屋に良い香りが訪問してきてくれた。いつの間にかに庭の梅の木が蕾で覆われていた。枝によってはもう咲き始めている。食卓の上にいつもおいているX-T4(日常で必ず自分のご飯と、テーブルでくつろぐ我が家の猫さんを撮るために必ずXをテーブルに置いている)を持って庭に出た。小さな庭に1本の梅の木。幹から小さな蕾が顔を出している。「今朝生まれた春だよ」と蕾たちは語りかけてくる。自分の家の庭が、とても楽しい撮影フィールド。我が家の猫さんたちも「俺たちの朝ご飯も忘れて写真を撮っている。けしからん下僕だ」という顔でこちらをにらんでいる。春の朝の幸せな時間は小一時間続いた。



撮影が終わりキッチンに戻り、ご主人様たちのご飯を用意し、家内と僕の朝ご飯も用意。そしてT4のモニターを見ながら朝ご飯。
Xシリーズは写真を撮ることは特別な行為ではなく、日常のリズムの中の一つであることを教えてくれた。そして日常の中の時間が、Xを通すことで「とても愛おしい時間」になってくれる。1台のカメラが、日常を宝石のような時間に変えてくれるとしたら、それはとても素晴らしい。
これからもXで日常の「愛おしい時間」を探し撮っていきたい。そしてそれをいつもここで皆さんに見ていただき、語ってゆきたい。14年目のXシリーズ。これからも仲よく楽しくお付き合いしたい。皆さんは、Xとどうお付き合いしていますか?まだわからない人はXを持ち、ファインダーを覗き、シャッターを押してみてほしい。愛おしい時間が始まることに気が付くはずだ。


Photography by Masaaki Aihara




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by masabike | 2025-03-20 22:20 | マイガーデン | Comments(0)
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