メディアの事実と真実  

メディアの事実と真実  _f0050534_07292965.jpg


先日facebookにUPしたものに加筆修正してUPしました


テレビなどメディアでは安部元総理を追悼するプログラムをやっている。その中でメディアや評論家が「このような知られざる世界のリーダとして実行力があった」「国内では知られていないがこんな功績や実績があった」などなど今まで存じ上げなかった、政治的な影の功績が報道されている。でも考えると、どうしてそれを亡くなられてから報道するの?亡くなられてから発言コメントするの?ご存命中 現職の総理大臣の時にそれが報道あるいはコメントされていたら、国民の支持や期待は変わり、更に政治的な動きが変わり加速されていたかもしれない。もし今の政治家の皆さんにもあるならば、亡くなられてから美談報道やコメントをするよりも、生きているうちにしてほしい。庶民が知らない影の部分の良いところや功績も報道するのがメディアの役目。ゴシップや引きずり下ろすことばかりがメディアの仕事ではない。


学生時代 専攻がジャーナリズムであったので、報道の視点に関して多くのことを学ばせていただいた、そのかなで多くの指導教授と教官(彼らは現役のあるいは元ジャナーナリスト メディア関係者だったので象牙の塔の中の人たちではなかった) メディアの報道の在り方で「犬が人を噛んでもニュースにならないが、人が犬を噛んだらニュースになる」この点だった。つまり政治家のスキャンダル 失政 疑問点を洗い狙うことにはとても心血を注ぎ報道してくる。場合によっては誇大表現?と感じる場合もある。ただメディアは政府の監視人であり オンブズマンであるのでそれは重要な視点であることは間違いない。ただ安部前首相のような要人には全国民が会えるわけではない。なので国民の知らない要人の善の部分 功績の部分も知らせて欲しい。メディア的には政府や閣僚を、ヨイショする記事となりかねない、監視すべき権力に媚びる姿勢と誤解されかねないと感じ、報道しないのかもしれないが、これだけ海外で弔意を示してくれることに関して、単に弔問外交 社交辞令だけではないと思う。
特に首相を含め閣僚 政府要人には、全メディアがいつもぶら下がりで取材している。通り一辺倒の取材ではなく、独自の視点とチャンネルを持つメディア人が少ないのかもしれないと今回の安部元首相の悲劇の報道で感じた。悪いことも良いことも国民が、知らないことを掘り起こして伝えてくれるメディアこそが健全な政府と政治を生み出すのかもしれない。


そういえば数年前に写真展に来られた、ある大手メディアのジャーナリストの方が「本田勝一さんが最期の本当のジャーナリストだったのかもしれない」とおっしゃっていた言葉を、安部元首相の訃報の報道の際に思い起こした

今一度メディアの在り方報道の在り方を、元総理が亡くなられた今こそ考えて欲しい

最後になってしまいましたが、謹んでお悔やみを申し上げます


相原正明撮りおろしの三和酒類様From OITA 「koji note」 風林光水  フォトエッセイぜひお楽しみください








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by masabike | 2022-07-11 07:49 |  メディア ジャーナリズム 報道 | Comments(0)
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