月光渚図 FUJIFILM X Series FBより転載




月光渚図 FUJIFILM X Series FBより転載_f0050534_23104991.jpg


【和の「写心」By Masaaki Aihara】

「月光渚図」熊本県 宇土市 有明海 干潟
FUJIFILM GFX 50S + FUJINON GF100-200mmF5.6 R LM OIS WR + GF1.4X TC WR

深夜3時過ぎ、満月の光に照らされて、渚に不思議な自然が作り出した幾何学模様が浮かび上がる。潮の満ち引きで刻々と変わる渚のデザイン。それはまさに僕が狙い追い続けている地球のポートレイト。実はX&GFXで九州のランドスケープをじっくり撮るのは初めて。今回は3日間ではあったが火の国熊本で地球と向き合った。そしてここは僕の人生にも向き合うところ。1998~2004年、オーストラリアのロケで一番苦楽を共にしたアシスタントY君の生まれ故郷。撮影現場から数分で彼の実家がある。彼がオーストラリアをバイクで旅して帰国したのち、ご縁も手伝いうちのスタジオの門を叩いてくれた。砂漠の奥地や熱帯雨林での撮影は命がけ。砂漠で車が壊れたら、「死」という文字が浮かび上がる。また熱帯雨林はイリエワニや熱帯病のトラップだらけ。1999年は新しいTX-1というパノラマカメラのプロトタイプのテスト撮影も頼まれ、テンションも上がりまくり、奥地の奥地に赴き、8時間にわたる空撮まで予定して危険度AAA。旅立ち前に、Y君に「今回は自分でも怖いくらいのロケ。最悪の場合もあるかもしれない。怖かったら、臆病とは決して呼ばないから、やめてもいいよ。」と言うと、「行きます」との返事。「ではその代わり万が一の場合もあるから出発前には家族と食事をして」とお願いした。それぐらい過酷なロケ。移動距離は2万6千キロ、持って行ったフィルム1000本以上。砂漠と熱帯雨林、乾燥と湿度100%の雨季。そんな中で彼は2ヶ月間、文句も言わず自分のタスクをこなしてくれた。旅が終わったときは師匠とアシスタントではなく、旅の戦友になっていた。

どんな親でも、わが子が決して経済的にも恵まれず、過酷でハイリスク・ローリターン、もしくはノーリターンになる写真家アシスタントになることを諸手挙げて賛成はしない。でもそんな状況でも彼を送り出し、応援してくださったお母様に今回はご挨拶したかった。ここにロケに来たのも偶然ではなく、必然だったと思う。撮影が終わった朝、この渚でお母様にご挨拶をした。いろいろお話をして、このお母様だからこそ、今のY君があったのだなととてもうれしかった。そして何よりも、彼がこの素晴らしい風景の渚で育ち、僕のところに来てくれたことに心から感謝をした。そして彼と僕を繋ぎ続けてくれている、時間にはいつも富士フイルムがあった。時代がフィルムからGFX 50Sに代わっても、その根底にあるものは変わらない(ちなみに今Y君は写真家として1人立ちして大活躍している)。

あれから約20年、VelviaからGFXへと進化したが、富士フイルムの色と光を追い求める製品はいつも僕の旅とともにある。

今年の和の「写心」はこれで最後です。1年間、皆様ご高覧ありがとうございました。来年もどうぞよろしくお願いいたします。メリークリスマス&よいお年をお迎えください。


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by masabike | 2019-12-27 23:12 | 日本風景 | Comments(0)
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