ここに我あり

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FUJIFILM X Sereis Facebookより

「ここに我あり」北海道 三国峠付近
FUJIFILM GFX 50S + FUJINON GF250mmF4 R LM OIS WR

晩秋の峠道、次なる被写体を探して車のハンドルを握っていた。その時、視界の片隅に何かを捉えた。時間はわずか0.001秒ぐらい。視界の隅の何かが「ここにいるよ」と話しかけてきた。
車を停めて、バックする。そして見つけたのが、主人公であるこの葉が散りかけた紅葉。朝の斜光が、この1本を浮かび上がらせてくれた。向き合った瞬間に頭の中に絵コンテが生まれた。あとは木と語り、命ぜられるままにシャッターを押すだけ。これが僕の撮影スタイル。

自分の撮影スタイルに、流れを作るためにとても大事なことがある。手に持ったカメラ、ファインダーを覗いたカメラが、そこにあることを実感しない。さらには存在を感じないくらいに自分の体の一部になってくれること。そして操作している実感すらなく、心で感じたときにカメラがすでに反応してくれる。それが撮影の時に大事なことで、カメラに求めること。その答えがGFXであり、Xシリーズでもある。心のセンサーが被写体を感じた時、瞬時に心に浮かぶ絵コンテ。カラーかモノクロか?グラデーションは?アスペクト比は?そんなイメージへの問いかけが、心の中を光速で駆け巡る。そのすべての瞬時に反応してくれるのがGFX。特に7種類のアスペクト比は、最後の被写体の切り取りにとても重要だ。こころの中で見たフレーミングが、どれだけ無駄なく映像化できるか?ここが僕のGFXを選ぶ大きな理由の一つ。そしてそのクリアーなEVFは、撮影時に、自分の絵コンテが間違いなかったことを確証してくれる。それだけで撮るときのテンションが300%ぐらいUPする。
体の一部になってくれて、気持ちを阻害しないカメラは被写体との対話に集中できる。自然界から来るほんのわずかなシグナル。もしかしたらそれは銀河系の彼方から来るシグナルに等しいぐらい繊細。それとコンタクトするためには自分の心のセンサーを最大にしなければならない。1%でもカメラの操作には神経を使いたくない。だから存在感を忘れるカメラが必要。この朝も大雪山の木々と対話して、気がついたら1時間近くたっていた。更に気がついたことは首からGFXをぶら下げていたことだ。存在を感じさせないGFXがあったからこそ、木とシンクロ出来た。

 


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by masabike | 2018-12-05 23:16 | 日本風景 | Comments(0)
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