山下君 写真展お祝い&お誕生日&祝20年目 宴会

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FUJIFILM XF10


昨日の晩は、うちの元アシスタントで今は独り立ちしている山下君の写真展お祝い宴会でした。さらに今月はお誕生日だったのでそれも兼ねました。そしてもう一つ、彼がうちに初めて来たのが1998年5月 はや20年です



他にも今まで何人かのアシスタントさんがいました。その中で独り立ちして写真家として順風満帆?となっているのは彼ともう一人ぐらいです。あとは自らさって行った人もいますし、消えていった人もいますし、去っていただいた人もいますし、あるいは子育て等でただいま休業中の人もいます。


そのかなで彼は、とても頑張り現在は写真家としての道を歩んでいます。でもうちに来たときは、実はフィルムの入れ方が解らない、フィルムのサイズが解らない、絞りってなんですか?という本当の素人さんでした。ただ彼には「それでも写真家になりたいの?運がいい方なのか?」と聞いたところ、即答で「運、めちゃくちゃいいです」と言い切りました。実はこれはとても大切だと思いました。自分の運を自分で信じる。まずこのことが無くてはダメと僕は思っています。司馬遼太郎さんの「坂の上の雲」で、日露戦争で開戦当時 閑職にあった、東郷平八郎が司令長官になった理由が「彼は運が良い」というのが海軍の中の評判だったからと書いてありました
だから運はとても大事です。


ただそれだけではなく、山下君は柵の無い牢屋状態のオーストラリアの撮影ロケに数回同行し、地獄を見てそれを乗り切っています。うtにアシスタントに来たときには退路を断ち、背水の陣で来ました。だからその無我夢中とまじめさで今があると思います。アシスタントの時には、テクニックや裏技よりも、この業界で生き残るすべ、掟をたくさん伝えました。

だから浮き沈みの激しいこの世界で、何とか生き残ってこれたかなと少し安心しております

ただうちのアシスタントだったから仕事を出してと、クライアントに頼んだことは一度もないです。逆に何かコンペで他のフォトグラファーと合格ラインに同列だったら、うちの山下を落としてと言ったことがあります。同列になるという事は、他者にに対して、圧倒的なパフォーマンスが無いことの裏返しです。コンペで勝つのだったら、それこそ「坂の上の雲」ではないですが。10対0で圧倒的パフォーマンスで勝たなければならないと思います


でもとりあえず、この世界で20年生き残れました。ぜひ次の10年 20年も新たな作品を作り生き残ってほしいと思います




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by masabike | 2018-08-26 21:45 | イベント | Comments(0)
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