FUJIFILM GFX  Evolution&Revolution











昨日深夜?ヨーロッパで富士フイルムが新世代デジタル中判カメラGFXを発表した。噂は耳にしていたが、やはり衝撃だった。その一番の理由は、富士フイルムのベルビア、アステイア あるいはACROSで撮った中判の世界観が表現できること。しかもデジタルなので当然、ISO50や100の縛りがないこと。あの色あるいはグラデーションの世界観で、しかも中判ならではの空気感が、立体感が、質感が撮れる。これは写真家にとって涙が出るほどうれしい。

フィルムの中判での作品は、写真展等の大型プリントや、広告での屋外広告やB倍ポスターになると、圧倒的にその質感や存在感が35mmサイズに比べて、というか中判だからこそ再現できる世界になるのを何度も体験している。それは同時にきちんとしたコンセプト、哲学を持っていないと使いこなせない。もちろん撮影の基礎をしっかり持っていることは、カメラにメディアカードを入れるぐらいに当然であり必然なことです

つまり100%,意識を持って、ベクトルを定めて撮影しないと、宝の持ち腐れになることです。「シャッター押したら、写っちゃいました」的なゆるい作品は許されないと僕は思います。SNSの発達で全人類総フォトグラファー時代に、使い手を選ぶ厳しいカメラの登場を僕は歓迎します。でも昔の中判カメラに比べて重量も軽くなり、値段も、誰もが買える値段にはならないにしろ、数年前の中判デジタルに比べたら超ボーナスプライスです。そして何よりミラーレス&電子シャッターなので、駆動部分が少ないです。これは大型サイズの画面でのブレを極力抑えられるので、より質感があり繊細な作品がとれます。美術品や地図の複写や、工芸品の精密撮影に向いています。
そして大事なことはミラ ーがないことによりボディーの機会的ストレスがないため、オーバーホール等のランニングコストが抑えられます。中判カメラは、定期的なオーバーホールでも軽く7~10万円ぐらいかかります。利益率等の損益分岐点も考えなければならない、プロフォトグラファー、特に営業写真館等では大事な問題です。

それらを考えても、中判だからこそミラーレスは、重量、価格、ランニングコスト等で一番真価を発揮すると思います。

そして何よりも、市場大切なことはフィルム時代の色とグラデーションが最新デジタル技術で再現しかつ、プリントシステム系とワークフローして完璧に再現できる、富士フイルムならではの得意技が使えることです。写真展こそ一番自分の作品の表現の場と思っているので、今すぐにでも使いたいです。タスマニアの原生林のユーカリの葉のしずくを再現しつつ、その森の奥深さ、緑の色のグラデーション。あるいは白い砂漠に写りこむ、黎明の色の繊細さと砂の質感。北海道のオホーツク海で、流氷の触ったら、皮膚が切れるのではないかと思える、氷の鋭利さ。それが色彩とともに再現できる。こんなうれしいことはないです。2016年9月20日は写真の歴史が変った日になるかもしれません


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FUJIFILM X100 プロトタイプ

2011年1月、僕は生まれたばかりのX100のプロト機を持って、青森のローカル線に撮影に行った。これがXシリーズの初の稼働機での撮影仕事。それまで長い時間、X100の企画開発に携われせていただいた。簡単に持ち運びができて、しかもいざとなれば充分プロの仕事が出来る、且つフィルムと同等の発色。その夢のようなXシリーズの第1歩が、吹野津軽での撮影から始まった。x100が出たとき、多くのプロフォトグラファーが当時、おもちゃみたいなカメラ、仕事には使えない。所詮、フィルム屋さんが作ったカメラワークえと笑っていた。そして5年半後、5000万画素を超え、フィルム並みの再現力、そしてコンパクトさ。X100からGFXの進化は、ライト兄弟の初飛行からスペースシャトルにたどり着く道のりを、わずか5年半で成し遂げたようなもので。もう一度言いたい、2016年9月20日 写真の表現を大きく変える日が来たと思う。変えるか、かえられないか、それを決めるは僕たちフォトグラファーの仕事だと思う




by masabike | 2016-09-20 22:32 | カメラ | Comments(0)
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