プロの所作 大阪・繁昌亭




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FUJIFILM X-T1+23mm 56mm

今週は多くの時間を桂蝶六師匠と過ごさせていただきました。そこで見せていただいたのはプロに変化する過程。いち個人から噺家・桂蝶六に変身するところでした。まさに気合を入れるのを目の当たりにさせていただきました。楽屋でお菓子を食べて雑談する普通の顔から、羽織をまとい鏡を凝視すると噺家に昇華しています


そして共演する多くの噺家さん、芸人さん、三味線や楽屋周りのお世話する方々、皆さんプロとしてきびきび動き、コンセントレーションし、そして所作がとても美しいです。自分たちがプロとしてやっていく、自分たちの芸を磨いていく。伝統と研鑚がこの世界にはとてもしっかりしている。だから楽屋で撮影していると、その皆さんの動きに見とれてしまう。




そして噺家さんたちの世界は、超アナログな世界です。己の話芸とセンスと手ぬぐいこれだけですべての事柄を表現します。だから無駄のない動き、気持ちの持ちよう、きれいな所作になると思います。楽屋で蝶六師匠の先輩でもある桂梅団治師匠が「死ぬまですべてが修行だから」とおっしゃっていたのが心に残ります。写真家は今デジタルの時代、でも気がついたら「何を感じ、何を写し、何を表現するか」を忘れつつあるのではないかと自分も含めて危惧しています。「何画素で、解析現象が出ていないか?」とか「ノイズの出方は?」「WBはどうか」テクニカル面が最優先となりすぎ、写真を撮ることではなく、機材をそろえること、機材のハード面のUPに気持ちが行き過ぎているのではないでしょうか?だから気持ちの見えない写真、表面的な綺麗さだけの写真、そしてプロとしての基礎が伴っていない写真と写真家が増えている気がします。

デジタルは簡単にきれいな写真が撮れます。そしてネットやSNSの進化により、フィルム時代とは比較にならないぐらい多くのそして広い層がプロの写真家として登場してきます。それは多くの人にチャンスが訪れて良いことだと思いますが、簡単に出れるようになった半面、プロとしての心構え、精神力、クォリティー、仕事の作法、そしてその世界で生きていくための掟が欠如している感を、繁昌亭の楽屋で多くの方の所作を拝見することにより感じました。


そして多くの先輩写真家にこのようなことをいうのは、とても生意気で厚かましく厚顔だと思いますが、どれだけの方が梅団治師匠のおっしゃるように「死ぬまで修行」で精進されていますでしょうか。僕も頑張ります、よい作品のために精進しようと思います。そのためにも多くの先輩の皆さん、若い写真家が憧れ、尊敬するような存在となるためにも精進してください。生意気でごめんなさい


追伸
そういえば蝶六師匠が、楽屋から高座に上がるとき、周りの先輩たちやスタッフに「お先に勉強させていただきます」とおっしゃっていたのを聞き、まさにプロの言葉であり心構えと感動しました。常に精進です

最後に繁昌亭でお会いした多くの噺家の皆様、芸人さんの皆様、スタッフの皆様素晴らしい機会をありがとうございました






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by masabike | 2014-07-26 07:47 | 写真アート | Comments(0)
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