渋谷東急 Bunkamura レオナルドダビンチ

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先週、奥様とレオナルドダヴィンチ展のオープニングにお邪魔させていただきました(こうゆうとき身内が学芸員さんだと役得に預かれます) 昔からダビンチ好きで妙に親しみもあり(実際お会いしたことはありませんが・・・、もしかしたら前世で同級生だったかな??)見たいと思っていました

今回の目玉は「ほつれ髪の女」、とても小ぶりな作品、女性が生きているようなフォログラフィーのような絵です。一線、一線、ダヴィンチが魂こめて、エネルギーこめて、執念こめて、そして情熱こめて欠いたのが感じられます。一つ一つの線が、ひとつの生命体みたいです。そしてこの小さな不思議な美女が、このままこちらに顔を上げ、ほつれた髪の毛を書き上げるしぐさをしそうです。動かない絵なのに動きそうです。同じように今回展示されている、「男性の頭部」と言うのも神業に近い作品です。これと同じ気持ちをオランダの美術館でフェルメールの「蒼いターバンの少女」を拝見したとき感じました。何か口が動いてこちらに話しかけてきそうでした、そのイメージは今でもしっかり頭の中にあります

 いまデジタルカメラ技術は革命的な進歩を遂げています。デジタルプリント技術もしかり。でも現代のカメラでダビンチと同じ女性を、同じ条件アングルで仮に撮影できたとして、同じ感動が得られるのかとても疑問でした。昔の名作に対して、現代の写真がよわいのは、1枚の作品に対する、作者の執念、情念、そして集中力かもしれません。昔の人は見逃してしまったらすべて水の泡なので、1秒、いやコンマ1秒にものすごい集中していたのかもしれません。僕も、1枚の作品にいまの何十倍にエネルギーを集中させなくてはと考えます。そうしないとデジタル作品というのは、下手をすると使い捨てアイドルみたいなものになってしまうと感じます



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by masabike | 2012-04-07 09:08 | 写真アート | Comments(2)
Commented by ariari at 2012-04-07 18:43
本当にその通りですね。一つ前の記事にあることがすべてかと思います。
デジタル時代になってRAWを使えるようになったことも大きいです。
RAWが悪いのではなく、楽をしようという教えが少なからずありますね。
「あとから自由に設定が出来る。なので被写体に集中できる」
というRAWの利点を揚げるカメラマンもいますけど、被写体に集中
しているなら、被写体の色はどうか、光はどうか、などがきになりますよね?
JPEGの設定を追い込む、というのは被写体に対する尊敬、感謝の一つとぼくは思うのです。
家へ帰ってからWBや色合いを正しく憶えているのでしょうか。
RAWはあとから微調整可能である、という意味合いや、
まったく解釈の異なる作品作りにできるメリットなどで有効ですね。
Commented by masabike at 2012-04-10 17:13
ariariさんへ
仰せの通りだと思います、コンテンポラリーアートを製作の上ではRAWはかなりよい方法だと思います
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