長谷川等伯展の衝撃

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昨日、かなり時間的に厳しかったですが、上野国立美術館で「長谷川等伯展」拝見してきました。言葉がないぐらいすごかったです。凄いという言葉すら陳腐に軽薄に感じるぐらいでした。しかも全体がすごいというよりも、たった1枚の屏風画がほかのすべてを圧倒していました


9時半会場の40分前に行きましたが、すでに入り口には50人以上のお客様がお並びになっていました。今回は日本画、屏風画の巨匠「長谷川等伯」の作品がほぼ一同に会するのと、その割りに展示期間が短いのでかなり混んでいます。もう入場者10万人突破したそうです


会場と同時に僕はある絵を目指して歩きました。本当はいけないのかもしれないけど、順路逆回りしました。今回の展示の一番最後に今回の一番目玉「松林図屏風」があります。友達の学芸員さんより「ほかはあとでいいので、真っ先にこれを見に行くように!!」と強いアドバイスもらいました。しかも携帯メールで展示場所のナビまでしてもらいました。


「松林図屏風」の前に行くと、鳥肌よりも雷に打たれたような衝撃でした。釘付けです。他に2人しかいないので離れてゆっくり、また近づいてじっくりみれました。墨だけの絵の力、というよりも等伯の魂の執念を見ました。霧の中に立つ松林、霧が書いていないのに、霧を感じさせる。天晴れです。書いていないのに、心の中であるように見せる、技法ではなく執念です。20分近くじっくり絵と対話しました。他に「満月松林図屏風」や巨大な曼荼羅もありすばらしかったですが、やはりなんといっても松林図屏風」です。彼はこの1点をこの地上に現すために、生を受けたといっても過言ではないと感じました。

まさに書かないで、あたかも書き込んだように心の中に見せる、人の技を超えた作品です。残念ながらいまの僕にはできないです。でもいつかきっとやってみたいです

他の作品も素晴らしいですが、他のすべてはこの1点を創り上げるための助走路だったのに違いないと感じました。51歳までは能登から出てきた一介の絵師でしたが、何かが彼に開眼させこの作品を作り上げらされたのだと思います。会場の説明では51歳より、多くの支持者を得たので作り上げられたとありましたが、僕はたんに支持者ではなく、何か悟りみたいなものを会得したのではと思いました。それまでのはうまい絵でしたが、墨絵&屏風画になるころになると神か仏が使わしたみたいな感じが絵から伝わります。

いつか自分もパノラマでこの等伯に、迫るあるいは追い越せる作品を作りたいと、神をも恐れぬ考えだと思いますがしっかり心に誓いました。この日本の風景を撮影して、改めてこの国の素晴らしさを、日本の皆さんのみならず世界の皆さんに伝える作品、そして自分の死ぬまでにこの作品を撮るため生まれてきたと、心から思える作品を日本の風土の中で撮りたいと思いました。今までのオーストラリアでの作品作りはそのための下地だったのかもしれません。誰も見たことない、だれもが忘れてしまった、みんなが見落としてしまった日本の風景を撮りたいと思います。

最低でも10年はかかると思います、その間に銀塩フィルムがどうなるかわかりません。また現在のデジタルもどうなるかもわかりません。最低10年というスパンを考えたら、下手をしたら写真ではなく絵がよいのかもしれないと真剣に考えました。デジタル写真をフォトショップでいじりまくるなら、いっそうのこと1から全部自分の意思でコントロールできる、絵がよいのかもしれないです。カメラから筆に、フィルムやCFカードから墨に変わる時代が来るのかもしれません。すでに頭の中に下絵はあります。あとは心に連動して手が動いてくれるのを練習するだけかもしれません。


いろいろ滅茶苦茶な理論になりましたがそれほど長谷川等伯「松林図屏風」は心に剣を突き立てられました


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by masabike | 2010-03-17 12:15 | 写真アート | Comments(7)
Commented by aricom at 2010-03-17 12:36
コニャニャチハ!
長谷川等伯、今一大ブームですね。
芸術新潮やTV東京「美の巨人たち」、NHK歴史秘話ヒストリアなど。そして「ひょうげもの」にも登場と目に触れる機会が増えています。
私はこの絵から「余白、梅雨の湿った空気感」を感じます。
Commented by ダイゴ at 2010-03-17 12:37 x
相原さんの執念の作品を心待ちにしております。

銀塩フィルムには存続してもらいたいので、
フィルムを買って、フィルムで撮影します。
Commented by ayrton_7 at 2010-03-17 15:23
私も美の巨人で拝見しました。
この絵がふすま絵などの下絵であり、しかも屏風になる時に長谷川等伯以外の人物によって再編集されたものだったとは。
しかも、そのような人物が居なければ、現在、我々がこの絵を目に触れる機会がなかったかもしれないと思うと、感激しないではいられませんでした。
実際に見てみたいです。
Commented by bashlinx at 2010-03-17 19:31
写真では見たことがあったのですが 実物を見て爆弾落とされた気分ですよ^^;あの無の空間に広がる宇宙 あの空気感を写真で表現できないか暗中模索中です…
Commented by sense_of_wonderY at 2010-03-28 01:07
おっしゃることがよく伝わってきます。
私はこの屏風をみたときに「匂いを感じる絵だな・・」と
感じたのを思い出しました。
視覚よりも、嗅覚を刺激された気がします。
その次に聴覚。風の音を感じました。
静謐な中に、そこしれない力があると思います。
この展覧会、残念ながら行けませんでしたが、
ブログなどに書かれてる方がたくさんいらして、
行けなかった事をいまさら悔いております。
Commented by こまくさ at 2010-08-01 17:13 x
はじめまして
写真の奥山さんからたどり着いて、ここを見ました。

日展などを見れば感じるかと思いますが、
私は現在絵は行きつくところまでいった感じがします。
これからは写真だ!と思っていたのですが・・・

相原さんと反対の意見で苦笑。
はい、つまり絵も写真もどちらにも収まりきらない作品を目指すという方向と捉えますね。

ちなみに私は写真と墨絵を描いています。
Commented by masabike at 2010-08-03 08:12
こまくささんへ
絵の方から見るとそう考えられるのですね、やはり隣の芝生はよく見えるのかもしれませんね
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