追悼

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人生はどうして、こうも楽しく幸福なことと悲しいことが表裏一体に来るのだろう。写真展が成功しプライベートも充実し、さあ次のステップというときに訃報が入りました。僕の最新作DVD”Great Australia”のプロディユーサー 森卓也さんが今朝、この地を離れ天に召されました。昨年12月にお会いしたのが最後でした。僕のDVDが彼の遺作になってしまいました。

1995年、フリーランスのフォトグラファーになったときに、僕のところにCD-ROM写真集の仕事が舞い込んできました。まだPCがオフィスに珍しかった時代。CD-ROMという言葉も始めて聞いたときでした。「CD-ROM写真集ってどんなものですか?」と版元さんに聞くと「レーザーカラオケみたいなもんですよ」といわれ、僕は1曲歌っていくらで、カラオケボックスに僕の写真が流れるのか・・・・、とおもったぐらいのよき時代でした。そんなときスタッフの一人として知り合ったのが、音楽パートのプロデユースをご担当していた、森さんでした。


その後、DVD虹大陸の音楽でもかかわっていただき、ヒーリングボイスアーティストのIkukoさんもご紹介していただきました。そして転機となる衛星ハイビジョン放送の”Mother Earth”の仕事をしませんかと誘われました。

海のものとも山のものともわからない、衛星ハイビジョン放送で写真を全国に流す、試みはいかがですかと森さんに言われました。CD-ROMのときも、DVDのときも新しいメディアだからお金にはならないと思うけど、といわれましたが新しい人たちが、見てくれる既成の写真家の概念を打ち破る新しい流れに、いつも森さんに誘われていました


特に富山の立山酒造をスポンサーにしてのオーストラリアでの大ロケはとても素晴らしい機会でした。ただ森さんはお忙しくてロケには来れず「次のときは必ずロケにいきますよ」とおっしゃっていました。特にバングルバングルは一度必ず死ぬまでに行きたいなんて、笑っておっしゃっていました。きっと今頃はご病気の苦しみから解放されて空の上からバングルバングルをこころゆくまで、楽しんでいられていることと思います。

オーストラリアの撮影にかかわって22年、その間に昔の彼女と大事なプロデューサを病で失いました。二人ともオーストラリアのアウトバックには行ったことがなかったです。そして二人とも最後に会ったとき「オーストラリアに行きたいな」といっていました。

森さんは最後にお会いしたとき「次はタスマニアのDVDを作りたいので、もっとがんばって撮ってね」といっていました。写真展がすべて終了し、気が緩んでいましたが今日また気合が入りました。

ちょうど写真展も終わり、いろいろなことがあり気が緩んでいたときに彼の死にめぐり合いました。でもなんとなく森さんが「これぐらいのことで浮かれないで、もっともっとしっかり撮るように、気を引き締めろ、気迫を持て」と言ってくれている気がします。そのために彼の命の分も、彼のために死に物狂いでまた撮ります。世界の人が大型モニターの前に釘付けになりそうな作品でDVDを作りたいと思います。どうか森さん安らかにお休みください。僕は再び光と時のスナイパーに戻ります。来週からタスマニアの森です!戦闘モードに戻ります。撮るぞ!!

合掌
by masabike | 2010-03-13 22:16 | Comments(4)
Commented by F-14トムキャット at 2010-03-14 00:07 x
辛いですね・・・言葉が見つかりません。
1/23を想い出してテイクオフを。
Commented by burg at 2010-03-14 09:23 x
いつも思うのですが、亡くなられた方への供養は、お線香をあげることより "その方を忘れない" ことだと思ってます。
相原さんにとって忘れたくても忘れられない「転機の方」だったでしょうが。
撮りましょう!
合掌。
Commented by ここいろ at 2010-03-14 18:07 x
その方嬉しいと思います。
光と時のスナイパー相原さんとともにいると思います。
タスマニア、いってらっしゃーい!
Commented by NJPCWAJU at 2010-03-15 12:32 x
新生相原さんの写心早く見たいですね。
でも、お世話になった方の訃報というのは辛いですよね。
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