2017年 09月 09日 ( 1 )

脱極彩色写真

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LUMIX GH5+LEICA12mm&Lモノクローム

フィルム全盛時代、モノクロームはしっかり写真文化の主流を担い、あるいはアマチュアたちの最初の取り組む世界であり、そして写真の基本を学ぶ大切な世界だった。デジタル化になり、何か知らないまに世の中の、ブームや流れ、あるいはスマホで見る、ネットで見る、瞬間的に見て印象にのこるということで、極彩色系写真あるいは、必要以上にレタッチした作品が、写真の王道的になってきてしまった。

でもそろそろそれも飽きられ、本来のあるべく道に戻ろうとしている気がする。その訳は昨日、あるメディアに呼ばれて、モノクロの写真特集をしたいと相談を持ちかけられた。そこはカメラ雑誌ではないとだけお伝えできる。エンドユーザーを対象とした、写真以外の流通業もモノクロームに注目しだしている

カメラメーカーもFUJIのACROS,LUMIXのLモノクローム、オリンパスもニコンも独特のモノクロームの世界を持っている。そして王道ライカにおいては、皆さんがご存知のようにモノクロ専用機がある。SNS、デジタル文化も少し落ち着くと、本流回帰が起きる気がする。何人かのキュレーターに聞くと、今の極彩色や異常な色彩写真は、たぶん100年ぐらいした後の美術史に「21世紀初頭、日本を中心とした、派手な色調の写真が流行った」の1行で終わる可能性が大とも言っていた

ただ僕はハデハデ写真は否定しない。なぜなら僕がまだ学生時代、多くの写真を志す学生が、トライXを使い、高感度素粒子現像などにはまっていた。いわば映像を楽しむ人が一度はかかる、ハシカみたいなもの。いかに通過儀礼のハシカから脱して、己の世界観を発見できるかが、そのあとの進歩の分かれ目だった

プロあるいはプロになりたい、あるいはしっかりした作品を残したいと考えるのならば、いまいちどモノクロームという基本にそろそろ立ち返り、色とは何か?影とは何か?光の明暗とは何か?それを考えるターニングポイントが、近づいてきたと感じる。ハイスペックなFUJI GFXやNikon D850があれば、より素晴らしいモノクロームの世界が楽しめると思う。写真とは光と影と時間が織りなす世界を、いかに自分の世界観で表現するものだと僕は思う。その基礎と、到達点がモノクロームだと思う




by masabike | 2017-09-09 18:50 | 写真アート | Comments(0)